二番にお金

お金と幸せ

大切なものは何かと聞かれれば一番に家族、二番にお金だと答える。いや、お金が一番大切なものかもしれない。お金なくして家族が幸せでいられないと考えるからだ。出費続きで家計がきつかった時、私はお金のことで旦那と言い合いをした。お金のことで言い合いをするなんてなんと惨めなことであったか。私はお金があればある程度の幸せを手に入れることができると考える。お金がなければ衣食住に困るし大病してもよい治療を受けることもできない。また人との付き合い、外食したり旅行に行ったりすることもできない。十分な教育も受けることができないし、趣味を持つにもお金は必要だ。金持ちである必要はないが私は中等度の階級でありたい。
お金は自分が生活していくうえで大切なものだが、人との関係に関してもお金は重要なものと考える。金の切れ目が縁の切れ目というのはもっともその通りだと思う。お金の貸し借りは安易に友人間ですべきでないだろう。不思議なことにお金を借りた方はいくら借りたという記憶の薄れることがあるが、お金を貸した方はお金が返されるまで記憶にしっかり残るものだ。借りたお金を友人に催促するのは気分のいいものではない。なんと自分は小さな人間なのかと自分で自分を問うであろう。そんな思いを自分にさせた友人とは貸したお金が戻ってきた途端に連絡を絶った経験がある。私が器の小さい人間だからそう経験したのかもしれない。器の大きい富裕層でなくともお金に糸目をつけない生活を送れる人が羨ましく思う。

お金の大切さ

お金の使い方って、とっても大事だと思っています。
自分にお金が回ってくる為には、一生懸命働いてその代償として頂けるものですから、その使い方は慎重に考えて大事に使わなければなりません。
しかし、みんながお金使わないで貯めてばかりいたのでは、それはとってもダメな事なのです。
仕事をし、労働をし得たお金は使って、使ってもらった企業の利益をもたらし、社員の給与となりグルグル回るのです。
つまり、お金は経済行為の中をぐるぐる回って会社が潤い、その会社からの税金で国が潤い豊かな国家が形成されるのです。
お金の使い方を昔から、生き金、死に金と言われるように、生きたお金を有効に使おうという事なのです。
そして、無駄なお金は使わないようにしようといっているのです。
確かに、競馬や宝くじで大当たりをして大金を手に入れても、そういうお金はどういうわけかパアーっと無くなってしまうものです。
入ってきたお金は、大切にしながら、本当に必要なものに必要な分だけ使うようにする事が1番大切なのです。
お金を大切にすることによって、お金も自分に集まってくるようになるのもわかるような気がします。
自分がお金を大切にし、大切に使うことで自分も幸せになっていこのだと思います。

お金は気持ちの緩衝材

お金とは・・・とか、お金があれば・・・とか、お金がないと・・・という話はよく目にします。

お金があれば何でも買えるとか、お金が無くても愛があれば十分だとか。哲学的に、お金の有無や過多が引き合いに出されるということはその言わんとする結論がどういったものであれ、お金というものが非常に大切なものであると言うことは間違いありません。お金はもともと自分が持っている物と欲しい物を交換するための手段だった訳で、自分が何かを得ることのできる容量みたいなものだと私は思っています。

100万円をもっていれば、100万円の車を持つことのできるキャパシティを自分自身が持っている。40万円しか持っていなければ40万円の車を持つキャパシティしかない。この容量は人としての器ではないと思っていますが、それに近い性質を持っており、何かを所有することが可能な容量がその人の持っているお金の量なんじゃないかと思います。

現代では、ローンやクレジットカードを含めた借金でものを購入することが可能で、そのためにお金と言う容量が自分自身でも判断しづらくなっています。また、自分自身の器があたかも大きいかの様な錯覚に陥ることもあります。身の丈に合わない買い物というのは、自分が所有するだけの器でないのに、それ以上の物を買ってしまうことだと思います。

資産というと、持ち家や様々な金融資産を含みますが『お金』と表現できるものは、現金と預金(普通預金と定期預金)だけじゃないかと思います。すぐに、何かを交換することのできる『お金』こそが、本当のお金であって、その総量こそがその人の持っている器だと私は感じています。